Work働く

仕事のカタチ~魚沼での挑戦1

働き口が無い、少ない。
地方の仕事事情を語る上で、よく耳にする言葉です。
確かに職種は少なく、就職口も多くはありません。
そのような状況の中でも、自身のやりたいことを仕事として実現している方は少なからずいます。
「好き」を仕事にした、若者の姿を追いました。

サッカー、移動販売、物産。
これからもこの三つの柱を大切にやっていく。

軽快な音楽を鳴らし、今日も移動販売車が市内の集落を回っていく。

武川学さん(37)は2015年4月、魚沼市堀之内にある竜光地区の地域おこし協力隊として赴任し、地域の観光事業への協力の他、現在の事業に繋がる関東圏への物産販売や、サッカー関連の事業に従事。2018年3月に退任後、個人事業主として移動販売の事業を始めた。(協力隊当時の詳しい活動はインタビュー記事をご覧ください)

ー個人事業主となって一年。この一年はどうだったでしょうか。

固定のお客様の人数把握や、どの時期のようなものが売れるか等もわかるようになり、移動販売の仕事のベースが出来上がりました。
物産販売は協力隊の時と変わらず、魚沼を知ってもらうきっかけとして魚沼のものを関東圏に持って行って販売しています。
ただ販売するのではなく、魚沼に繋がりを作り、来てもらえるような流れを考えていて、今年は墨田区で毎週土曜に開催されている市に、月に一回程度行ってみようと考えています。
移動販売は内向き、市やマルシェでの物産は外向きという風に捉えています。
物産に行っている時に思うことがあって、「魚沼」という言葉が思った以上に弱いと思う時があります。
南魚沼は「南」という部分で魚沼と差別化ができてブランドになりつつあります。

そこで、自分の中では魚沼市と伝える時に「北魚沼」という風に伝えています。
北魚沼という行政区はなくなりましたけど、「北」「南」とあると何となく位置関係の想像がつきますし、自分は「北魚沼」から来ているという自負を持っているので、「北魚沼」という名前を残したいですね。

ーもう一つの柱である、サッカーの方はどうでしょうか

移動販売も物産も大切ですが、自分はサッカーを通して地域を盛り上げようと思って魚沼に来ました。
サッカーは世界共通ですし、開かれたスポーツだと思っています
子ども達にとって今はまだ、学校での部活動がスポーツの中心になっていますが、これからは地域でのスポーツが中心になっていくと思います。
限られた部活動の中から選ぶのではなく、自身が本当にやりたいスポーツをやって欲しいですね。

移動販売と物産とサッカーを三角で結ぶと、中心の梅干しの位置には地域があります。
一つ一つを取れば関係ないものに見えても、地域という核を中心に全部繋がりがある。
おにぎりの関係をこれからも大切にしていきたいです。

 

ー魚沼に暮らし、生活の中で感じることは何でしょうか

やりたいこと、このままじゃまずいと思っていることを、待ってても誰もやってくれない。
そういうことを人のせいにするのではなく、自分で考えて何かをしなければならない、と思う人が増えれば良いなと思っています。

他には、自分の子どもがサッカーボールを蹴るような年頃になったのですが、まだまだ外に出て遊ぶ時間が少ないと思っています。
市内の子ども達を見ていても、思っていた以上に体力がない子どもいます。
危ないから外で遊ばせないという話も聞きますが、外遊びの中では知識だけではなく、体験で学ぶことはたくさんあると思います。
私自身は子どもの頃から自然が好きでした。
「耳をすませば」という映画の中に出てきた朝日の場面がとても綺麗だったので、朝日を見に行ったことがあったのですが、太陽が出るまでは寒かったのに、出てきたら途端にあったかくなって、自然てすごいなと。
自然の中では自分の知っていること以外を吸収できることがたくさんあるので、何かがあるから外で遊べないといった事情を人のせいにするのではなく、自分が動いていこうと思います。
これからの時期は川遊びにも連れていきたいですね。

ーこれからやっていきたいことはありますか

魚沼を応援…というか、挑発しようかなと思っています。
若い子に向けてですけど、「外の世界を見ないと魚沼の良さがわからない」「やってみなよ」と言いたいですね。
結局、地域の活性化は外の世界を知って、魚沼の良さがわかった元気な若者がいないと駄目だと思います。
他にも、外から人を呼びたいと思っています。
自分がおもしろかったり、楽しむためでもあるのですが、こういうことをやる人が来ればいいなと思うこともあって、自分の地域を良くするには「人」だと思っています。
東京圏にはあれだけの人がいるのですから、自分も足で稼いで人を探しに行ってきます。
そして足並みを揃える集団ではなく、独立した意識を持つ個人が手を組めば、もっと凄い事ができると思っています。

ー最後に伝えておきたいことはありますか

自分の中に「北」魚沼を残したいと思っています(笑)

ーありがとうございました

 

取材を終えた数日後、たまたま移動販売中の武川さんと、とある集落で遭遇。
お客様は、一人暮らしの老婦人でした。
「この前買い過ぎちゃって、ダメにしちゃったものがあったの」
「そういう時は冷凍がいいですよ」
「袋はいらない。全部自分で持っていく」
「じゃあ、これだけお願いします」
と軽いものをを差し出し、重いものは玄関まで運ぶ姿やさりげない会話の中に、一年の積み重ねが見え隠れしていました。
「北」魚沼に住む北鎌倉出身の武川さんならではの、北のこだわり。
知り合いがいない地から、協力隊の三年を経て自身でり創り上げた仕事の形。
これからも、多方面の人を巻き込んで、面白いことをやっていきそうな予感がします。