Living暮らす

てくてく魚沼暮らし~小さい記念館に行ってみた

ときどき、市報うおぬまに載る「小さい記念館」の企画展。
「何の」記念館なのかは掲載されず、名前の響きがかわいらしい事もあって、ずっと気になっていた存在でした。
前回の企画展は「ナミブ砂漠とザンベジ川」の写真展。
魚沼で砂漠の写真展!?という不思議さに惹かれたものの、その企画展には行けずじまいだったので、新しい企画展第35回「井口汪の世界」展に行ってきました。

 

小さい記念館を訪ねる。

 

まず最初に困ったのが、小さい記念館の場所がわからなかったこと。
住所はわかっているので、最初は地図アプリを見るのもそこそこに、近くを回ってみたものの…わからず。
また別の日に、今度は地図アプリをしっかり見ていったものの、またしても場所がわからず…
三度目の正直でやっとたどり着く始末。方向音痴ではないはずなのですが、今回ばかりはかなり迷ってしまいました…


  • 企画展の時は、近くの道路に看板が立ちます

  • 小さい記念館前にも看板があります

見落としてしまいそうな路地にたたずむ小さい記念館は、外壁と池に囲まれ、コンクリート造のモダンな佇まい。
出迎えてくださった小さい記念館代表の吉田ノリさんが和装だったということもあり、昭和にタイムスリップした感覚を覚えました。

お話をうかがうために通していただいた「井口汪原点の部屋」には、ひときわ目を引く『うるせぇな!』という、怒り顔で椅子に座した男性と、その近くに苦しそうに目をつむってたたずむ女性の絵画がありました。

「井口汪の原点」の部屋

 

-恐縮ながら、今回の企画展にある「井口汪(ひろし)」さんを存じ上げません。
 どのような方だったのでしょうか

井口汪は、広神中学校の初代校長でした。
広神西小学校の設立にも尽力したそうです。

私は父のそういうところはあまり知らず、小さい記念館に来訪されたお客様から色々とお話を聞きました。

 

-小さい記念館を設立した経緯を教えてください

40年ほど前の7月、汪の次女・亮子が点滴中に亡くなりました。
入院中の妹が危篤と聞き、病院に駆け付けた私達家族は、夜順番に泊まり込むことにして、最初の夜は私が泊ることになりました。
妹の手を握って、色々と話しかけていたのですが、突然すぅっと冷たくなって…亡くなったのです。
妹が「先生、この点滴を打つと心臓が苦しいので止めてもらえませんか」と伝えてもあまり聞き入れてもらえず、1980年頃といえば、たとえ医療ミスだとして裁判を起こしたとしても患者が負ける時代でした。
周囲からは「裁判を起こした方がいい」と言われましたが、父は「裁判を起こして、心を金だわしでこすられるような辛い思いをしても、裁判に負けるのが当たり前の社会だから」と裁判は起こしませんでした。
しかし、悔しい、やるせない思いや憤りを「絵で社会に訴える」と絵をどんどん描いたのです。
「亮子!」という、父と母が妹の遺体を抱きしめている絵や、泣いている自画像もありますが、その中でも100号の「うるせぇな!」を中心作として、東京銀座の貿易ビルにある画廊で個展を開くことになりました。

【うるせぇな!】

 

その画廊は当時、読売新聞の画評を書いていた方がオーナーで、その方が了承しないと貸していただくこともできない画廊でしたが、絵を見ていただき、画廊を貸していただけることになりました。
読売新聞にも良い画評を載せてくださり、多くの方が個展を見に来てくださいました。
その後も3回程個展を開かせてもらいました。

父が亡くなり、絵が残りました。
頼まれて描いたものでなければ、売ることもできないので、いっそのこと実家であるこの家を「小さい記念館」にすれば、たくさんの作品を入れ替えながら多くの方に見ていただけるのではないかと、始めたのです。

「小さい記念館」をスタートさせる直前に、新潟県中越地震が起こりました。
母は、このような時期に開けるのはやめた方が良いと怒りましたが、私としてはオープンすることを多くの方に伝えてしまい、その方々一人一人にオープン延期を伝えることは難しく、訪ねてきた方がオープンしていなかったとがっかりされるのも困るのでやめることはできない。誰も来なくてもオープンさせると開館しました。
結果は、地震の後でしたがお客様はお出でくださり「開館してくれてよかった」と言ってくださった方々が多かったと感じましたし、気がめいっている時にこういうものを見られて、良かったと言ってくださった方もありました。

現在画集『描く』を2冊発行していますが、『描く1』の表紙「もくれん」と『描く2』の表紙「とんと昔があったてや」と「うるせぇな!」の3枚は必ず「井口汪原点の部屋」に飾っています。


  • 【もくれん】

  • 【とんと昔があったてや】

 

-原点の部屋と呼ばれている理由がわかりました

中には、NHKにいがた610や、FMうおぬまに取材していただきたときの絵もあります。
この絵は父が年老いて認知症になった自分とは全く外見が異なった自画像で、顔が溶けてゆがんでます。これで自分の脳が駄目になったことを表現しています。
実際は、色白のかわいい外見の老人でした。でも、私は自画像の中でこれが一番好きです。

【自画像】

 

また、花を育てるのが大好きだったので、育てた花を題材にした絵も多いですね。


  • 【花よ咲け!】

  • 【百日草】と【赤いバラ】

  • 【パンジー】

 
-前回の写真展に来訪することはできませんでしたが、とても興味がありました

私は写真家ではないので、本当に記録写真のようなものですが、テレビでも活躍されていた千石正一先生の一行に参加させていただき、ナミビアのナミブ砂漠やザンベジ川を見に行く機会に恵まれました。
千石先生は爬虫類専門の動物学者なので、砂漠にヘビを見に行くのだろうと最初は行くことを拒否していたのですが、別の先生になかなか無い機会だからと背中を押されまして。
ナミブ砂漠のみに生息する、奇想天外という植物を語る先生は活き活きとしていましたね。
退職してから世界の様々な国に行かせてもらい、老後がとても充実しています(笑)

 

-抹茶を点ててみる会を開催しているというのも興味を持ちました

点ててみる会と言っても、私が抹茶の点て方を教えることで、皆さんがご自宅でも気軽に抹茶を楽しんでいただけるように開催しています。
今はコロナ禍で休んでいますが、また落ち着いたら再開を考えています。

 

ーお話をうかがっていると色々な知識をお持ちなのがわかります
 以前はどのようなお仕事をされていたのでしょうか

高校教師をしていました。専攻は物理です。
定年退職後は講師の道もあったのですが、丁重にお断りして、東京・上野にある国立科学博物館のボランティアに行くことに決めたのです。ボランティアと言っても、試験があるのですよ。
その当時、新潟県から受ける人はいなくて、交通費も出せないと言われたのですが、受けさせるだけ受けさせてくださいとお願いして。
そういった理由もあって受からないと思っていたら受かりました(笑)
ボランティアを始めてもうすぐ20年になります。

 

ーありがとうございました

 

小さい記念館に、思いもよらない一つの家族の物語を目の当たりにし、驚きと共に心揺さぶられる絵画の数々を見ることができました。
代表の吉田さんは色々なお話や知識ををわかりやすく伝えてくださり、年上の方に対して失礼ながら、チャーミングな方だなと感じました。
今後はそのまま井口汪氏の常設展となり、冬を経て4月より企画展を開催します。
詳細は市報うおぬまに掲載されますので、気になる方はぜひチェックをお願いいたします。
(※常設展の際は、担当者が不在の場合があります。来訪前に必ず電話で開館の有無をご確認ください。)

【小さい記念館これからのイベント予定】

2022年4月1日(金)~4月3日(日) 自然系の写真展などを予定
2022年5月3日(火)~5月5日(木) 第36回「井口汪の世界」展

 

date
小さい記念館

〒946-0108
新潟県魚沼市親柄219
(魚沼市立広神西小学校近く)
電話番号:025-799-2004

営業期間:4月1日~12月15日
営業時間:9:00~17:30
入場料:無料