Interviewインタビュー

移住者インタビュー(市井晴也・希)

家族全員で、毎日一緒にご飯を食べられる幸せ。

市井晴也・希

 

-移住のきっかけを教えてください

晴也)南北問題を目の当たりにして、第一次産業は国の基幹であり、絶対に必要なものであると感じたのがきっかけ。
実際に第一次産業で暮らしていこうと思い、炭焼きが出来るところを探していたら、新潟県からの紹介で今の旧守門村森林組合でやっている事を聞きました。
実際に来てみると、親方も住む家も決まっていて、じゃあ、ここでやっていこうという事になりました。

希)その時父ちゃんと付き合っていて、大学4年で別の場所で仕事も決まっていたんだけど、父ちゃんが先に行ってお膳立てしたところに行くのではなく、どうせなら二人で一緒に入った方が良いと思って福山に来ました。
土地に慣れなきゃって気持ちはあったけど、すぐに勤めに出ようという気はなかったなぁ。

 

-なぜ炭焼きだったのでしょうか?

晴也)じいちゃんが関川村に住んでいて、炭焼きをしながら生活をしてたんだよね。
ガスも水道も電気も通っていないところで、仙人みたいな暮らしをしていた。
そこに押しかけようと思っていたら亡くなってしまって、自分で探した。
新潟を選んだのはたまたまで、他の地域で良いところがあれば、そっちに行っていたかもしれないね。

 

-現在のお仕事は、夏は森林組合と田んぼ、冬は除雪車のオペレーターですね

晴也)杉の植林がなくなってきて材料の入手が難しくなった事と、中国の安い炭が入ってくるようになって、今から14年前に炭焼きは撤退になりました。
今、森林組合では伐採や下刈りなどをしています。
農業は、自分で食べるものは自分で作りたかった。
田んぼは今度三町歩くらいになります。

 

-移住して良かったことは何でしょうか

晴也)自分がやろうと思ったことができている。農林業、家も手造りできたし。田舎だからこそできる事だと思う。
あとは、家族全員で毎日一緒に食事をとれること。
こちらでは普通のことだけど、都会ではなかなかできることじゃないよね。
家族との時間がたくさんあるのは嬉しい。
価値観の問題もあるけど、余計な外灯も無いし、隣まで700mくらい離れてるから、気を遣わなくていいよ(笑)

希)こちらに来るまでは、小学生をキャンプに連れて行く活動をしていたから、子どもを自然の中で育てられたのは良かったし、自分たちが食べるものを作れるのも良いね。
ネオンや人ごみが苦手なので、ストレスが無いのも良い。
あと、眼が良くなったかな(笑)

 

-逆に苦労したことは

晴也)うーん…
経済的には苦しい。
そして忙しい。
でも、その忙しいというのはやらされている忙しさじゃなくて、自分がやろうとしていることだから。
例えば、薪ストーブにあたりたいから、薪を準備する忙しさだったり。
なので、苦労という感じではないかな。

希)小・中学校まではスクールバスが本当に家の前まで来てくれたけど、高校からは毎日送迎をしなければいけなくなるし、友達の家に遊びに行く時も送迎が必要。
大変ではあるけど、やはり何を取るかですね。

 

-田舎暮らしに必要なものを教えてください

晴也)やる気、行動力、根気。車の免許。技術・お金…は全くありませんでした。
多少の社交性?

希)車の免許。子供を育てたり、地域で生活していくために自分からつながりを持とうとすること。
ちょっと不便でも平気と思う心。

 

-移住者に向けてのアドバイスをお願いします

晴也)自分のやる気次第で色々な事ができます。
できる限り自分でできることをしながら、ひとつひとつ実感して暮らしをつくっていく、そんなことを続けていたら21年経ってしまいました。
性に合っていたのでしょう。
でもそれは本来動物として誰にでも性に合う可能性がある内容です。
上手くいかなくても必ず次の自分の糧になる。迷っているなら試してみてほしいです。
田舎暮らしおすすめです。
最後に、今ある関係を大切に。

希)虫や鳥の鳴き声が聞こえる、こういう場所で子ども達は育ててあげたいです。
子ども達と一緒になって遊んでいると、自分が子どもだった頃の追体験ができて、子どもに帰れます。
小さい頃から絵を描くのが好きでした。畑で野菜を作って体を動かし、好きな絵を描く。そんな生活に憧れていました。みそを作ったり、漬け物を作ったり。この山に住む動物たちを脅かすことなく共生していきたい。多くはいらない。
もし都会の空気に触れたければ長岡も近いです。東京もそれほど遠くありません。

 

-ありがとうございました。

 

市井晴也(いちいはるや)

市井晴也神奈川県出身。
大学卒業後、熱帯林及び先住民族の人権問題に取り組む市民団体スタッフ、その他日雇い等を経る。
南北問題を目の当たりにして経済至上の日本に疑問を抱き、第一次産業の大切さを痛感。
山仕事と農業で生きて行こうと北上。
1995年、新潟県庁の紹介で森林組合に就職、移住。
工房茶助では魚沼産コシヒカリと手づくり味噌を販売中
魚沼市(旧守門村時代含む)に住んで21年。

自身が育てたお米を工房茶助で販売中!


 

市井希(いちいのぞみ)

市井 希東京都出身。
福祉関係の大学卒業後、田舎暮らしの憧れもあったところへ彼からの誘いがあり、同行。
畑や、味噌を作っている他、須原にある「絵本の家ゆきぼうし」の事務局も務めている。
魚沼市(旧守門村時代含む)に住んで21年。