Interviewインタビュー

移住者インタビュー(飛松亘)

やりたいことと環境が調和する大白川に暮らして

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 -移住のきっかけを教えてください

私は高校の教員をしていたのですが、ちょうど14年くらい前に指導要領が変わって「総合的な学習の時間」というものができました。

学校での授業と外部研修で行うものですが、その中で「田舎暮らし」というものを開設準備したのです。

その時候補地には入広瀬の他に十日町市の松之山なども挙がっていたのですが、一番最初に下見に訪ねた入広瀬で、村長はじめ多くの方々から大歓迎を受けました。

これだけ歓迎されては…と入広瀬に決めたのが最初のきっかけですね。

もともと子どもが独立したら好きなことをしようと思っていたので、55歳で早期退職した後、田舎暮らしで縁のあった大白川に移り住みました。

ちょうどよい家も見つかって、全面的にリフォームもしたので、今は山菜児たちも一緒に使うことになっています。

 

 -玄関には「山菜児」のネームプレートが沢山かけられていますね

田舎暮らしに来る生徒の通称が「山菜児」です。毎年30名の募集をかけて、今年で13期生になります。

10名くらいにグループを分けて、年3~4回大白川に来てもらって田植え、畑、すげ笠づくりなど色々な田舎体験をしてもらいます。

自分たちで食べるものも、もちろん自炊です。

最初の年から、入広瀬の大栃山で行われる祭りのお手伝いもしています。

 

-移住して良かったことは何でしょうか

まず、環境が良いよね。

やりたいことと環境が調和していて、気分の良いときは朝から筆を取って書を書くし、やはり新緑の時期が一番生命力に溢れていているね。

家も広いから、刻字やそば打ちなど色々な作業をすることができる。

刻字は木を使うので、材木もあるし、市内でもいくつか私の彫った刻字の看板がありますよ。

最近では木工所の豊山さんの存在が大きくて、木についていろんなことを教わったりもしています。

移住してきた年につるバラの苗を植えて、たぶん「つるバラなんて育てるのは無理だよ」と思われたとおもいますが、順調すぎるほどに育っています。

ここにいる証しだね。

アナベル(あじさい)も接ぎ木などで今は100本くらいあるかな。

 

-逆に苦労したことは

雪は多いけど、屋根は自然落下だからあまり苦労と思ったことはないけど…。

カメムシの大量発生は嫌だったね。

尋常じゃないくらいカメムシがいるの。

本当にこれから住むのをどうしようか考えた事もあるよ。

 

 -「そば処かむら」を今年から期間限定でオープンさせていますね

そば打ちは、大白川に来てからなんですよ。

田舎暮らしで来ていた時に2回くらい体験させてもらったんだけど、実際に住むようになったら大白川の中でも結構打つ人がいてね。

それで、「民宿休み場」に習いに行って、道具も安いのを買ったらすぐ飽きちゃうかもしれないから良いものを買って。

そうしているうちに、そば打ちにはまっちゃった。

年3回、GWとお盆と今度は秋に期間限定オープンします。

 

-そば処の名前、「かむら」とはどういう意味なのでしょうか

お店を出すときに初めて知ったけど、お店を出している山菜会館の建っているあたりが大白川上村と呼ばれる地域で、上村と書いてこのあたりでは

「かむら」と読むので、「かむらにせぇや」と区長に名付けてもらいました。

 

-移住者に向けてのアドバイスをお願いします

自分で気にいった環境じゃなければだめだと思います。

あと仕事ですが、自分は働かなくても何とか食べていける状態で過ごしていますが、やはり働いて生計を立てるという意味では大変な地域かもしれません。

ただし、車で片道40分も行けば働く場所は多くありますし、私が千葉から職場に通っていた時は満員電車で1時間半かかっていましたから、それに比べればかなり快適だと思いますよ。

 

-ありがとうございました。

 

書、刻字、そば打ちなど、自分の感性を大切にしながら奥深いその先を常に求めている飛松さん。

自然体で変に力の入っていない飛松さんの打つそばはとても美味しく、私も大ファンです。

お昼に手打ちそばを打って食べたり、ゴーヤを薄切りにして干してゴーヤ茶を作ったりと、

毎日の生活を楽しんでいるのが伝わってきました。

 

飛松亘(とびまつわたる)

DSC_0708福岡県嘉穂郡庄内町出身。
東京の大学を卒業後、数学の教師として30年間明治学院高校に勤める。
55歳で早期退職し、田舎暮らしで訪れていた大白川に移住。
現在は千葉県と魚沼市の二地域居住をしている。
魚沼市に住んで9年。