Interviewインタビュー

移住者インタビュー(佐藤守一)

いつかは生まれ故郷の新潟に貢献を。
山と雪に囲まれた魚沼で、
第二の人生、始まり始まり♪

小学校4年生の総合的学習の授業で百八灯についてお話しました

 

移住された経緯を教えてください

魚沼市に来る前は、東京で長年児童福祉に携わってきました。
出身が新潟市なので、ゆくゆくは新潟に戻って何かしら貢献できればと考えていました。

元々ごちゃごちゃしたところがあまり好きではなく、自然が好きでアウトドア系のスポーツを若い頃からやっていました。休日は山登りや野球、スキーなどを楽しんでいたので、住むのであれば新潟県内の中でも山があって、ウィンタースポーツができるところが良いなと思っていました。

魚沼市に来るきっかけとなったのは、地域おこし協力隊でした。
何かの機会に地域おこし協力隊の制度を知り、様々な自治体を見に行ったり、聞きに行ったりしましたが、最終的には山がたくさんあり、スキー場もある魚沼市に住むことを決めました。

 

 

県内に山々とスキー場がある自治体は他にもありますが、魚沼市へ決めた理由を教えてください

理由としては、魚沼地方全体が自然に溢れていて、県内の山々とのアクセスが比較的良く、尾瀬への玄関口でもあるからです。

 

移住してよかったことを教えてください

都会の暮らしは便利で、欲しいものはお金さえあれば簡単にすぐに手に入り、行きたいところへも電車を乗り継いで気軽に行けます。また、様々な物が人々を魅了し訴えかけてもきます。
しかし、そこでの暮らしは中間部分が省略され「起承転結」がないと感じていました。

県内でも都市部ではそうした事が顕著になりつつありますが、協力隊の担当地区であった中山間地の下折立は、自分達が暮らすためにみんなで協力して暮らしを支えています。
例えば、春と秋のえざらいで生活用水路や農業用水路の維持管理をし、春には雪解けとともに雪囲いを外し、農作業に向けた準備を行い、山の頂に雪が舞うようになれば冬囲いをして豪雪に備える。冬場でも水路の流れが悪かったら役員が水源まで行って障害物を取り除く。雪が降れば声を掛け合い協力しながら雪堀りをする。ここでは地域の人々が人として生きていく上での大事なことをつくり上げているという事に気付かされました。

確かに、少子高齢化が進み、人口減少が現実の問題として突きつけられています。そうした中で、集落内の様々な取組に出ていかなければならない。年に何回も出張り大変なのですが、みんなで集落の維持に努めている。少し大げさかもしれませんがここにこそ、人が生活する本来の意味があると思っています。

私は東京に住んでいたころ、仕事の行き帰りに毎日コンビニかファーストフード店に寄っていました。利用する側にとっては24時間開いていて、欲しいものがすぐ手に入り、とても便利です。
しかし、一時期社会問題にもなった24時間営業を支える店員や、宅配便の従業員の方々も含めた労働問題等々。利用者側にとっては便利で使い勝手が良いけれど果たしてそれだけでよいのでしょうか。

交通機関にしてもまたしかり。
数分おきにホームに滑り込む電車。少し遅れても文句を言い、雪が数センチ降っただけで道路や交通機関は麻痺してしまう。
便利さに慣らされ、頼りすぎてしまうことで(スマホも例外ではなく)、人としての生きる力をそぎ落とされていることに気が付かなければなりません。

当たり前の日常は当たり前に出来ているわけではなく、常に物事を支えている人々がいて成り立っているのです。
都会は便利で、華やかで、様々な物に魅了される。しかし、生活する私たちがそうした事に対する脆さや危うさに気づかなければならないと考えています。

 

移住して大変だったことを教えてください

これまで家事全般をあまり行ってこなかったので、生活に慣れるのが大変でしたけど…
後は忘れました!

 

現在も地域おこし活動に携わられていますか?

地域おこし協力隊を任期満了で退任後は、居住地を市内の別の場所に移しましたが、今も担当地域に通いで「えざらい」など、地域の取組や行事に参加させてもらっています。
協力隊3年目の年がコロナ禍に当たり、企画したイベントはことごとく中止となりました。

その中の一つに「ほたるの夕べ」というイベントがあり、十日町市を拠点に活動する『越後魚沼弦楽合奏団 ムジカ・ルーチェ』の方々をお招きして、ほたる舞う時期に弦楽器で演奏を聴き、地域の方からも芸能を披露してもらおうという企画でした。
「ほたるの夕べ」については、今年度になり集落の方からやりたいという要望がありましたが、コロナ禍の第6波でまたしても開催中止を余儀なくされました。

そもそも「ほたるの夕べ」は、下折立にある共同浴場で、時々一緒になったじいちゃんから聞いた「昔は下折立にもほたるがたくさん飛んでいて、孫の手を引いてよく見に行っていた」という話を聞き、カッパ池の周辺の遊水池をほたるの里にするという着想を得て企画しました。

ほたるが住める周辺地域の環境づくりから始め、集落の子どもたちに呼びかけて生態を事前学習し、カワニナの放流式を実施してほたるが根付くよう準備を重ねました。
ほたるが根付き、子どもたちが大人になった時に「ここのほたるは自分たちが手掛けた」と思ってくれたらという思いもありました。

ほたるの里づくりの一環で小学生と行ったカワニナの放流式の様子

 

努力の甲斐もあり、一昨年からほたるが沢山出るようになり、田植えが終わって農家の方が一息つける時期に、ほたるを見ながら音楽を聴くだけではなく、皆さんからも芸能を披露してもらい、みんなでひと時を楽しむというストーリーを完成させることが出来ました。
開催は2022年7月3日(日)を予定しています。
その際は、下折立と縁のある新潟国際情報大学と新潟県立大学の学生の皆さんにも来ていただき、SNSで発信をしてもらおうと考えています。

また、伝統ある百八灯へは、協力隊退任後も関わらせてもらっています。
国際情報大学の学生の方から百八灯の様子を撮影してもらったことがあるのですが、令和3年度は学生と魚沼市観光協会がコラボして、火付けの現場からは学生が、ふもとからは観光協会がそれぞれ実況中継を行い、その様子はYouTubeやInstagramでライブ配信されました。

その他、春や秋のえざらいや夏祭り、賽の神などの集落行事や、地域の茶の間にもちょくちょく顔を出させてもらっています。
住む場所は変わりましたが、通いで集落と関わらせてもらっています。

 

移住を検討している方に一言お願いします

何をきっかけにして移住されるかはわかりませんし、地域性にもよりますが、住民の方々と関わっていくことが第一だと思います。
コミュニケーションをとって、自らが様々な形で動いていくことが大切なので、初期はまずそこを大事にしてもらえればと思います。

 

ーありがとうございました。

定年まで仕事を勤め上げ、第二の人生を生まれ育った新潟県に貢献するべく魚沼市の地域おこし協力隊になった佐藤さん。
大好きな山と雪に囲まれ、充実した日々を送る佐藤さんは、年齢より若々しく見え、充足した日々に裏付けされた笑顔が印象的でした。

 

佐藤 守一(さとう しゅいち)

新潟県新潟市出身。
東京都職員として定年まで勤め上げ、
魚沼市地域おこし協力隊着任を機に
魚沼に移住。
協力隊退任後も担当集落の地域づくりに
奔走中。移住して5年目。(本人一番右)