Interviewインタビュー

移住者インタビュー(福井智文)

私にとっての移住は、

「結婚する」か「しない」かの二択でした。

 

移住された経緯を教えてください

私は千葉県出身で、魚沼市出身の妻とは東京で出会いました。
妻は実家に戻ると決めていたようで、結婚の話をした時に「(魚沼に)来ますか?」「来ませんか?」の二択を提示され、私としてはその時点で結婚しないという選択肢はなかったので、結婚して魚沼に一緒にやってきました。

 ー結婚されるまで魚沼市に来たことはありましたか

魚沼に一緒に行くという結論を出した、その年の冬に初めて魚沼を訪れたのですが、JR浦佐駅のエスカレーターから降りた時にちょうど近くの木から雪がバサバサと落ちてきて、雪の多さに衝撃を受けましたね。

 ー初めての土地に住む不安はありませんでしたか

子どもの頃からずっとサッカーをしていたので、これまで全く縁のなかった魚沼市に移住する際、唯一妻にお願いしたのが「サッカー(フットサル)ができるところを探してほしい!」でした。
そして妻や妻の妹が知り合いを通じて探してくれて、念願のサッカーチームに入れてもらえることになりました。
サッカーから人との繋がりがだんだんとできて、今では3つのチームに所属させてもらっています。

 

移住して良かったことを教えてください

魚沼市は、来てみたらとても良いところでした。
来たころよく「この空の色(鉛色と呼ばれる日本海側特有の空の色)嫌にならない?」と聞かれましたが、まったく気にならない奇跡の人だったようです(笑)

何もないとも言われますが、私が現在住んでいるところは歩いてコンビニに行けるところだったので、それもあまり気になりませんでした。

今私が住む地域の班の中には婿さんも多いので、他所から来た人を受け入れる体制ができていて、受け入れてもらいやすかったという点も良かったですね。
地域にはしっかりとしたコミュニティがあり、祭りや消防団など、色々なものに関わらせてもらっています。

あとは、魚沼市は皆さんが思っている以上に関東に近いということです。
新幹線の駅が近くにあり、最寄りのインターから東京(池袋)へ行く高速バスも1時間に一本出ていますので、行こうと思えば週末の17時過ぎに仕事を終えて、高速バスに乗れば実家まで終電で帰ることができてしまうのです。
すぐ帰ることができるという気持ちがあったので、寂しいということもなかったですね。

 

移住して大変だったことや困ったことを教えてください

雪と雪道の運転です!
一年目の冬に単独の自損事故を起こしてしまいました。
対向車がいなかったから良かったものの、対向車がいたらと思うと…

最初の冬に妻から冗談半分に「国道17号線の坂(川口周辺)を上り下りできないだろうから、長岡に行かない方がいいよ」と言われて、本当に移住してきて数年間は冬の長岡に行きませんでした(笑)
今年の1月3日に単身赴任から帰ってきたばかりで、2年ぶりの雪道運転なので、とにかく気をつけています。

あと、困ったことではないのですが、屋号の概念が無かったので、屋号で人を呼ぶことに驚いたのと、地域には同じ名字の人も多いので、大抵の方は下の名前で呼びあっているのですが、自分は名字でしか呼ばれなかったので、仲間になれていないんじゃないか!?と、溶け込もうと頑張ったことがあります(笑)

単純に「福井」姓が他にいないのと、下の名前より名字の方が呼びやすいだけでした(笑)

 

魚沼での仕事はどのように探しましたか

東京での仕事を辞めて、結婚するまでの半年間は東京に居たのですが、表参道にあるネスパス新潟館がIターンの支援をしていたので、そこでハローワークの登録をし、送られてくる求人情報で仕事を見つけました。
現在は、食品製造販売会社で働いています。
介護用食品、災害用食品、食肉缶詰等を製造販売していますが、その中に阪神・淡路大震災の際救助に当たった方々の「食事が冷たく、温かいものが食べたかった」という声から開発した、レスキューする人が普段と変わらない温かい食事ができるよう開発された「レスキューフーズ」という製品があります。
私の理想は、魚沼市の一家にひとつ「レスキューフーズ」を備えています!と宣言できるような「防災意識の高いまち、魚沼」にすることです(笑)
魚沼市は特別豪雪地帯に指定されていて、積雪量は雪害レベルと言われていますが、ニュースにならないのは、その雪害レベルの雪に備えた除雪体制ができているからです。
備えておけば何てことはないということを身をもって知っているので、「レスキューフーズ」も”備えた分だけ憂いなし”だと営業トークでは話しています。

現在は品質保証部の課長として忙しい日々を送られています

 

移住を検討している方に一言お願いします

私は子どもの頃、団地暮らしをしていました。
それこそ「お醤油を借りることができる関係」ができていて、自宅のカギを上の階の人が預かっているなんていうこともありました。
高校生の頃に市営住宅に引っ越したのですが、そこでは同じエレベーターに乗ったらここに住んでいる人だと分かって挨拶する程度でした。
しっかりとしたコミュニティがあった生活と、ほぼなかった生活と両方の暮らしを経験して、自分には前者の団地暮らしの方が居心地が良かったことに気づいたのです。

何を良いと思うかは人それぞれ基準が違うと思いますが、魚沼市には団地暮らしの時と同じような隣近所付き合いがあり、絆が深い良いまちだと思います。

 

―ありがとうございました

 

インタビューのお願いをした際「私は移住して十数年ですし、他の方のような記事になるかどうか…」と不安を吐露されていましたが、なんのなんの。
途中「東京に比べたら便利ではないところも多いと思いますが、魚沼に来ることに躊躇は無かったのですか」と聞いたところ、「私には、来ますか?来ませんか?の二択しかなかったので…」「あ、そうでした(笑)」というコントのようなやり取りもありつつ、彼女(今の奥様)と別れたくない!の一心でこれまでの人生一度も足を踏み入れた事のない土地に住む決意をし、趣味のサッカーをきっかけに多くの出会いを得て、自身の居場所を構築していった福井さんは、間違いなく移住者マインドを持ち合わせた楽しい方でした。

 

福井智文(ふくいともふみ)
千葉県市川市出身
結婚を機に魚沼市に移住。
食品製造販売会社で営業課長
だったこともあり、その営業
トークはさすがの一言。
趣味はサッカー。移住して14年。