Interviewインタビュー

移住者インタビュー(前原明仁)

過干渉でもないし、薄情でもない。
福山は自分にとって距離感が丁度いい塩梅なんです。

炭焼きの師匠・橘福二氏と共に

 

魚沼市に移住された経緯を教えてください

魚沼市に来る前は、仕事の関係で山梨県北杜市に約二年住んでいました。
温泉めぐりが趣味で、休日は山梨や長野、新潟と色々なところに足を延ばしていたのですが、その圏内に「白炭塾」を見つけたんです。
以前から白炭焼きに興味があって、紀州備長炭なども調べていたのですが、主に団体客向けで、体験の枠組みもできてしまっているところより面白そうなので、少し遠いとは思ったのですが思い切って「白炭塾」に参加したのが三年前の夏です。
その際、師匠の福二さん(橘福二氏)にかけていただいた「興味があるならいつでも来ていいよ」という言葉を真に受けて、その後三回くらい、途中、福山新田内にある市の移住お試し住宅も利用しながら個人的に福二さんの元へ来訪しました。

移住を決意したきっかけは二つあって、一つは福二さんがとても良い方だったということ。
もう一つは、勤めていた工場の閉鎖が決まったことです。
神奈川の本社に戻ることもできたのですが、田舎暮らしに慣れてしまっていましたし、このようなきっかけがなければ一生動かないかもしれない思い、どうせならやりたいことをやろうと「いっちゃえ!」となりました。

 

仕事は

引っ越してきた最初の冬は、魚沼市からの紹介で漬物工場で働きました。
翌年の冬からは、福二さんからの紹介で、福山新田内の除雪を行っています。
夏場は二年間森林組合で働きましたが、今年からは新しい白炭の窯が出来上がったので、本格的に炭焼きを始めます。

ー炭の販路はあるのでしょうか

市内の問屋さんに卸す他、自分でも販路を見つけていきたいと考えています。

 

一軒家に引っ越したと伺いました

移住直後は市有住宅に住んでいました。
市有住宅は目の前まで除雪をしてもらえるので、ほとんど雪をかまう必要がなく、移住したての身にはとても住みやすかったです。

現在は昨年末に家を離れた方の住宅をいただきました。
池があり、水が豊富なので家の前に水を這わすこともできて、冬に強い物件です。
空き家になることが無かったので家が傷むこともなく、とてもタイミングが良かったですね。
ペットも飼えて、荷物の置き場に困ることもなく快適です。

 

福山新田に腰を据える理由は

今の世の中、サラリーマンをずっと続けられるかわからないので、長く現役で続けられる仕事を探していました。
炭焼きの仕事を長く続けていくために、移住者が増えて欲しいと思っています。
ある程度の人口を維持していかないと、集落として成り立たなくなってしまいますし、今のままだと自分たちが最後の世代になってしまうので…
そのために福山新田山暮らし支援会がありますし、移住者のレジェンドである市井さん夫婦がいるのも心強いですよ。

田舎暮らし体験ツアーの参加者とバーベキュー(もつ焼き)

 

ー不自由はありますか?

私にはないですね。
変な寄り道をするところもないのでお金も落とさないし、一人暮らしにはもってこいだと思います。
よく田舎の人間関係が面倒だという話がありますが、福山に来てわかったことは、この集落の方々は過干渉ではないし、薄情でもない。
自分にとっては丁度いい塩梅の距離感を保っています。

今冬、集落の方々と行った神社のしめ縄作り

 

これから移住を考える方に一言お願いします

将来設計とかしないで来てほしいですね。
色々考えると来られなくなってしまいます。
私も本来は色々考えてしまうタイプですが、福山に移住した時は二つのきっかけがあって即断しました。
自分が来てみたいかどうかで考えてほしいですし、自ら動くことによって頑張ろうと思うし、愛着も湧きます。
そういう気持ちで来てもらえれば、周りも応援する気持ちになりますよ。

 

ーありがとうございました

 

穏やかな口調で移住の経緯を話してくださった前原さん。
移住したら仕事を紹介されて、家や車をもらえて、なんてラッキーな人と思われるかもしれませんが、それは前原さんが山暮らし支援会のメンバーとして田舎暮らし体験に来る方々をサポートしたり、集落内で行われるしめ縄づくりや餅つきなどにも参加し、ゆっくりと、しかし確実に築いた集落の方々との信頼関係があったからです。
白炭を焼きたいという想いだけで移住してきた青年が今、集落の方々の応援を得て「白炭焼き」を始めます。

 

前原明仁(まえはらあきひと)

神奈川県大和市出身。
住みたい田舎ベストランキング一位にも
輝いたことがある山梨県北杜市より、
三年前の冬に移住。
ペットのボールパイソンと共に、
快適な一軒家での生活を満喫中。