Interviewインタビュー

移住者インタビュー(齋藤鴻太)

毎日発見、毎日新鮮。

 

魚沼に来る前はどのような仕事をされていたのでしょうか

出身は新潟市なのですが、魚沼に来る前は、成田空港で5年半グランドハンドリングの仕事をしていました。
 
ーグランドハンドリングとは?
飛行機を地上で誘導する仕事です。

-珍しい職業ですよね。どのようにして仕事に就いたのでしょうか?
新潟で通っていた学校が観光系の専門学校だったのですが、他にも色々な学科があり、様々な職業の会社説明会がありました。
その中で興味を持ったのがグランドハンドリングという仕事です。
 
 

新潟に戻ってくるきっかけは何だったのでしょうか

昨年11月に25歳になった時「このままでいいのかな」って思ったんです。
観光系の専門学校に行っていたのも、新潟を観光で盛り上げたいという気持ちがあったからなので、いずれは観光に携わる気持ちでいました。
魚沼市を選んだのは、佐渡に住む祖母と月岡公園に行ったり、奥只見湖の周遊船に乗る機会があったりして馴染みがあったからです。
全く知らない土地に来たという感じはしませんでしたね。
もう一つは、実家の両親が60歳を超えたからというのもあります。
成田に住んでいときは、頻繁には帰れませんでしたが、魚沼に住んでいることで月に一度位は帰って定期的に顔を見せることが出来るようになりました。
 
 

今年の4月から魚沼に住んでみてどうですか

人があったかいと感じます。
人との繋がりを感じる場所ですね。
例えば、自宅近くの定食屋さんに何度か通うと、顔なじみになって声をかけていただいたり、ちょっとサービスしてくれたりする。そういうところがあったかいです。
まだまだ知らないことや場所が沢山あって、毎日いろいろな発見があって新鮮です!

 
 

魚沼市の移住支援は受けられていますか

家賃補助(魚沼市U・Iターン促進住宅支援事業補助金)を申請しているところです。
家賃補助があると助かりますね。

 

 

移住される方に一言お願いします

人と人との距離が近いまちです。
どんな理由で移住するにしても、コミュニケーションを取れることが大切ですね。
あと、楽しみを見つけて、自分を出すことも大事です。
私は登山が趣味なので、魚沼に来てから越後駒ヶ岳や権現堂、平ケ岳、磐梯山にも登りに行きました。
仕事以外でも登山を通じて仲良くなった人がいることで、楽しく過ごせています。
 
住んでみないとわかりませんが、密接な関係が苦手だったり、買い物できる場所や遊ぶ場所が沢山無いとダメな人には住むのに大変なまちだと思いますし、大自然や、ちょとご飯を食べに行くだけで仲良くなれるような人間関係を好む人には、好きになれるまちだと思います。
 
 
ーありがとうございました
 
 
「魚沼市観光協会に、爽やかな好青年の移住者がいるよ」との噂を聞きつけ、
齋藤さんにお会いしてきました。
第一印象は、噂に違わぬ物腰の柔らかな爽やか好青年。
しかしながら、新潟に戻ってきたきっかけの話には観光への想いや家族に対する気持ち、移住してくる方へ一言と聞くとしばらく押し黙り、真剣な表情で考えたことを一言一言真摯に伝えていただきました。
若いながらもしっかりと自分の仕事や生活に意志を持ち、魚沼に移住された齋藤さん。
これから魚沼市の観光の顔として、頑張っていただきたいと思います。
 
 
齋藤鴻太(さいとうこうた)
新潟市秋葉区出身。
観光系専門学校卒業後、成田空港で
グランドハンドリングの仕事に携わる。
2018年4月より、魚沼市観光協会に勤務。