Interviewインタビュー

移住者インタビュー(金丸秀彦)

美味しいものに妥協なし。
日本各地で磨いた腕が、魚沼の地でキラリと光る。

 

ーお店の名前は、もしかするとご夫婦のお名前から取ったのでしょうか?

そうです。
秀彦と静香から一字ずつ取って香秀(かしゅう)としました。
奥さんが筆で書いた字を看板に使っているのですが、外に飾ってある表札は字を映して私が彫ったんですよ。

手作業が好きで、料理の中でもかぼちゃとか冬瓜とか彫ってます。
大根で鶴を作ってみたり。
今は忙しくてなかなかできないけど、ホテルで働いていたときの師匠が飾り切りが好きでよくやっていました。

ちなみに、香秀という名前、よく中国料理のお店に間違えられます(笑)

奥様の書いた字を彫ってつくられたお店の表札と外観

 

―魚沼に移住される前のお仕事について教えてください

調理師専門学校を卒業して、初めて就職したのが大阪空港内のレストラン。
その後、淡路島のホテルやお店に7年居たあと一時期実家がある宮崎に戻りました。

地元の宮崎に戻って少し経った頃、今度は師匠の兄弟子がいる佐賀の旅館に2番手として入りました。
旅館で働いたのはそこが初めてです。

3年働いた後、料理長の話をいただいた島根の旅館で3年、長野の旅館で2年近く働かせてもらって、
さあ次どうしようと神戸の師匠に相談したら「次は魚沼に行け」と。
そこで魚沼に初めて来て、10年近く温泉旅館の料理長をしました。

 

 

-今まで色々な地域に住まわれていましたが、なぜ魚沼にお店を出すことになったのでしょうか

島根で勤めていた時に、スノーボードにはまりまして(笑)
スキー場が近いのはいいですよね。
色々あって温泉旅館を辞めるとき、これからどうしようって思ったんです。
家族もいたし、子ども達は学校を変わりたくなかった。
他の地で仕事をするなら単身赴任になるので、それならお店を持とうかと。

自分のお店を持つなら、カウンターと小上がり、こたつがあるお店がいいとずっと思っていました。
お店は以前呉服屋さんだったので、小上がりがあって決めたんです。

 

 

-お店は今、どのような感じでしょうか

お店を出す時には紆余曲折ありましたが、『旬食や香秀』を構えて4年目になりました。
最初はどうなるかと思ったけど、良い人にめぐり合えて続けられています。
温泉旅館時代のお客様も来ていただいていますし、常連さんがまた新しいお客様を連れて来てくれます。
単身赴任の方が、1人で飲みに来ることも多いんですよ。

料理は既製品を使わず、妥協せずに作っています。

 

 

―魚沼に移住を考えている方に一言お願いします

何があるといわれたら、何もないですね。
でも、人柄は良い人が多いです。
あと病院が揃ってますね。
専門医院が多くて、皮膚科・耳鼻科・眼科などもあり、コンパクトにまとまっていると思います。

 

 

-ありがとうございました

 

店構えだけを見ると、一見入りづらい香秀さん。
私もきっかけが無ければまだまだ足を踏み入れなかったかも知れません。
しかし、一度お店に入れば、和やかな金丸夫妻が迎え入れてくださります。

丁寧に作られたお昼の松花堂弁当をいただきましたが、味付けが穏やかで体に優しい美味しさでした。
デザートのわらびもちを、ささっと手作りしていたのは感動!
夏は鱧(はも)、冬は佐渡の寒ブリや活ふぐを鍋で楽しめる貴重なお店です。

お酒も新潟県内の限定地酒しか置かず、無くなるとすぐに別の地酒に入れ替わってしまうとか。
お酒好きの方はぜひ、カウンター越しに店主の金丸さんの料理とおしゃべりを楽しみながら、地酒を一献傾けてみてはいかがでしょうか?

 

 


金丸秀彦(かねまるひでひこ)

宮崎県出身。『旬食や香秀』店主。
全国各地のホテル、旅館で料理の腕を磨き、魚沼の地にお店を構える。
お店のおすすめはふわふわのだし巻き卵と、なんとも形容しがたい美味しさの鱧(はも)鍋(※夏季限定)
魚沼に移住して14年。